2017年 03月 02日 ( 1 )

違和感の所在

”気持ち悪さ”の種類や度合いは人によってそれぞれですが、自分が気持ち悪いと思っていたことが何なのか?何故なのか、が最近少しわかったような気がします。
それは今ニュースでも取りざたされている某学園の愛国教育の一環として行われている動画を観たことでした。子どもたちが大きな声ではつらつと発言する姿には大人を感動させる力があります。”門前の小僧習わぬを読む”...無垢な子ども達は言われたことを何でも吸収して反復することができますが、それは何かを理解しての事ではなく生命の自然な原理です。大人がそれを利用し「何か」を言わせるということには大いに違和感を覚えます。
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私が自分の子ども達を幼稚園や保育園に通わせなかったこともそこにありました。子ども自身の為ではなく、大人を喜ばせるために行われる行事の発表会などに気持ち悪さを感じてしまいました。。。もちろん、親や祖父母を喜ばせるための演出はあって当然と言うか、むしろ普通に行われている事ですが、どうしても私には気持ち悪さが優先して、とてもこの中に入れることはできないと感じてしまったのです。
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今、大きくなった子どもに「コミュ障になったのは保育園に行かなかったからだ!」と責められることがあります。社会性を身につけるためには早くから同じくらいの子どもたちの中で過ごすことが大事と言われていて、本当に悪かったとも思うのですが、その時には他に選択肢がありませんでした。
気持ち悪いと感じながらも仕方ないと諦めるか、周りに合わせて何も感じないようにするか。。。とても難しい問題です。
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by kitsunekopan | 2017-03-02 20:33 | 日記 | Comments(0)